東京地方裁判所 平成2年(行ウ)90号 判決 1992年4月16日
東京都渋谷区広尾三丁目一番二-一〇二号
原告
岡川治郎
右訴訟代理人弁護士
桑原慎司
東京都渋谷区宇田川町一番一〇号
被告
渋谷税務署長 深沢廣
右指定代理人
若狭勝
同
藤村泰雄
同
鈴木貞夫
同
時田敏彦
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が平成元年三月一〇日付けでした原告の昭和五六年分贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定を取り消す。
2 被告が平成元年三月一〇日付けでした原告の昭和五八年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の昭和五六年分贈与税について、被告がした決定(以下「本件決定」という。)及び無申告加算税賦課決定(以下「五六年分賦課決定」という。)並びに右各処分に対して原告のした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は別表一記載のとおりである(以下、本件決定に係る贈与税を「本件贈与税」という。)。
2 原告の昭和五八年分所得税について、原告がした確定申告、被告がした各更正(以下、このうち平成元年三月一〇日付け更正を「本件更正」という。)及び各過少申告加算税賦課決定(以下、このうち同日付け過少申告加算税賦課決定を「五八年分賦課決定」という。)並びに右各更正及び各過少申告加算税賦課決定に対して原告のした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は別表二記載のとおりである(以下、本件更正に係る所得税を「本件所得税」という。)。
3 原告は、右各処分に不服である。
よって、原告は、右各処分の各取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
請求原因1及び2の各事実は認める。
三 抗弁
1 本件決定の適法性
(一) 原告は、以下のとおり、昭和五六年四月八日山下紘子、岡川長郎、大平純子及び三上園子(以下、右四名を併せて「紘子ら四名」という。)から、別紙第一物件目録一記載の借地権(以下「本件借地権」という。)、同目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録三記載の各建物(以下「本件建物」といい、これと本件借地権及び本件土地とを併せて「本件物件」という。)の贈与を受けた。
(1) 本件土地及び本件建物は、もと岡川シゲ子(以下「シゲ子」という。)が所有していた。
(2) シゲ子は、昭和五五年一〇月二一日死亡し、その夫である原告及びその子である紘子ら四名がシゲ子を相続した。
(3) 原告は、同年一一月一一日東京家庭裁判所に被相続人シゲ子に係る相続の放棄をする旨の申述(以下「本件申述」という。)をした。
(4) 原告及び紘子ら四名は、昭和五六年四月八日、シゲ子の相続財産中、本件物件は原告が、その余の財産は岡川長郎がそれぞれ取得する旨の遺産分割協議(以下「本件協議」という。)をし、その協議書を作成した。
(5) 同年五月七日、本件土地及び本件建物について昭和五五年一〇月二一日の相続を原因として原告に対する各所有権移転登記がされた。紘子ら四名に対し、これに伴う対価の授受はされなかった。
(6) 原告は、昭和五八年八月三一日司建物管理有限会社に対し、本件物件を含む別紙第二物件目録記載の各土地、各建物及び各借地権を代金一億〇七〇〇万円で売り渡した(以下、この売買を「本件譲渡」という。)。
(7) 右(1)ないし(6)の各事実からすると、本件物件は、シゲ子が所有していたところ、シゲ子死亡後原告は右(3)のとおり被相続人シゲ子に係る相続を放棄し、相続開始の時に遡って相続人としての地位を失い、シゲ子の相続財産は紘子ら四名に帰属することとなったにもかかわらず、原告は、何ら対価を支払わず相続財産の一部である本件物件を本件協議により取得したものであるから、原告は、これによって紘子ら四名から本件物件の贈与を受けたというべきである。
(二) 本件贈与税に係る贈与財産の価額、課税価格及び税額並びに各算出の根拠は次のとおりである。
(1) 贈与財産の価額 一六五八万六〇五七円
本件物件の以下の各価額の合計額であり、これらの各価額は、いずれも相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六ほか国税長官通達)によって別紙本件土地建物等の価額の算定内容のとおり算定したものである。
本件借地権 一三七六万八六六九円
本件土地 二五三万四四四八円
本件建物 二八万二九四〇円
(2) 贈与税の課税価格 一六五八万六〇五七円
右(1)の贈与財産の価額一六五八万六〇五七円である。
(3) 贈与税の額
ア 贈与税の課税価格 一六五八万六〇五七円
イ 基礎控除額 六〇万円
相続税法二一条の五の定める相続税の基礎控除額である。
ウ 基礎控除額控除後の課税価格 一五九八万六〇〇〇円
右アの贈与税の課税価格から右イの基礎控除額を控除した金額である。
エ 贈与税の額 七四六万六六〇〇円
同法二一条の七により計算した金額である。
(4) 本件贈与額税の額は、右(3)エのとおり七四六万六六〇〇円であり、本件決定に係る贈与税の額と同額である。
(三) 原告は、本件贈与により申告書を提出して贈与税の申告をしなければならない(同法二八条)ところ、これをしなかったので、被告は本件決定をした。
(四)(1) 国税通則法(以下「法」という。)七〇条五項によれば、偽りその他不正の行為によりその全部又は一部の税額を免れた国税(当該国税に係る加算税及び過怠税を含む。)についての更正決定等は、国税の法定申告期限から七年を経過する日まですることができるものとされている。
しかして、法七〇条五項にいう「偽りその他不正の行為」とは、脱税を可能ならしめる社会通念上不正と認められる行為であって、逋脱の意思をもってその手段として税の賦課徴収を不能又は著しく困難ならしめるよう何らかの偽計その他の工作を行うことをいい、右の偽計その他の工作を行うことには、真実の事実を隠蔽し、それが課税対象となることを回避するためことさら過少に記載した内容虚偽の申告書を税務署長に提出する行為も含まれるものと解される。
(2) これを本件についてみると、原告は、右(一)(4)及び(5)のとおり原告が遺産分割協議書を作成し、本件土地及び本件建物について自己に対する各所有権移転登記をしたのは、別紙第二物件目録E記載の土地(以下「本件公道」という。)の払下げを受けるための形式的な行為に過ぎず、真実は紘子ら四名が本件物件を相続したものであり、本件譲渡の代金は紘子ら四名に配分する旨を記載した始末書を麻布税務署長に提出し、同税務署長所部職員にもその旨の説明をするとともに、その昭和五八年分所得税の確定申告においても右譲渡代金を除外して所得を過少に申告した。
原告の右行為は、本件贈与の事実を課税庁に把握されることを妨げ、もって贈与税の賦課徴収を不能又は著しく困難ならしめたものであり、本件贈与税は、法七〇条五項の偽りその他不正の行為により税額を免れた場合に当たる。
(3) そうすると、本件贈与税の決定は、同項一号により平成元年三月一五日まですることができることとなるところ、本件決定は同月一〇日にされた。
(五) よって、本件決定は適法である。
2 本件更正の適法性
(一) 本件所得税に係る課税所得金額及び税額並びに各算出の根拠は次のとおりである。
(1) 課税総所得金額 一〇七万九〇〇〇円
給与所得の金額二一八万三六〇〇円を総所得金額とし、これから各種所得控除額の合計額一一〇万四四三一円を控除した金額(法一一八条一項により一〇〇〇円未満を切り捨てた金額)である。
(2) 課税分離短期譲渡所得金額 六七万六〇〇〇円
本件譲渡の代金一億〇七〇〇万円中短期所有部分に係る二五四四万三〇〇〇円からこれに係る取得価額二四〇九万五二〇〇円及び譲渡費用六七万〇三一五円を控除した金額(同項により一〇〇〇円未満を切り捨てた金額)である。
(3) 課税分離長期譲渡所得金額 七三三六万七〇〇〇円
本件譲渡の代金一億〇七〇〇万円中長期所有部分に係る八一五五万七〇〇〇円からこれに係る取得価額四〇七万七八五〇円、譲渡費用三一一万一八八五円及び租税特別措置法三一条四項に定める長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除した金額(法一一八条一項により一〇〇〇円未満を切り捨てた金額)である。
(4) 納付すべき税額 一七八六万二一〇〇円
右(1)ないし(3)の各所得金額に所得税法八九条、租税特別措置法三一条、三二条をそれぞれ適用して算出した各所得税額の合計額から源泉徴収税額八万九〇〇〇円を控除した金額(法一一八条一項により一〇〇〇円未満を切り捨てた金額)である。
(5) 本件所得税の額は、右(4)のとおり一七八六万二一〇〇円であり、本件更正に係る所得税の額と同額である。
(二) 法七〇条五項にいう「偽りその他不正の行為」の意義については、前記1(四)(1)のように解すべきところ、同(2)の原告の行為は、本件譲渡の事実についても、これを課税庁に把握されることを妨げ、もって所得税の賦課徴収を不能又は著しく困難ならしめたものであり、本件所得税は、法七〇条五項の偽りその他不正の行為により税額を免れた場合に当たる。
そうすると、本件所得税の更正は、同項一号により平成三年三月一五日まですることができることとなるところ、本件更正は平成元年三月一〇日にされた。
(三) よって、本件更正は適法である。
3 五六年分賦課決定の適法性
(一) 本件贈与税に係る無申告加算税の額は、国税通則法(昭和六二年法律第九六号による改正前、以下「旧法」という。)六六条一項一号により、本件決定に基づいて原告が納付すべき贈与税の額七六四万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した額七六万四〇〇〇円(法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)となる。五六年分賦課決定は、右金額と同額の無申告加算税を賦課したものである。
(二) 前記1(四)のとおり、本件贈与税に係る無申告加算税賦課決定は、法七〇条五項一号により平成元年三月一五日まですることができることとなるところ、五六年分賦課決定は同月一〇日にされた。
(三) よって、五六年分賦課決定は適法である。
4 五八年分賦課決定の適法性
(一) 本件所得税に係る過少申告加算税の額は、国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前、以下「旧々法」という。)六五条一項により、本件更正に基づいて原告が納付すべき税額一七八六万円(法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)に一〇〇分の五を乗じた金額から、被告が昭和六二年二月二八日付けでした本件所得税の更正に基づいて原告が納付すべき税額五二九万円(法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)に一〇〇分の五を乗じた金額を減じて算出した額六二万八五〇〇円となる。五八年分賦課決定は、右金額と同額の過少申告加算税を賦課したものである。
(二) 前記2(二)のとおり、本件所得税に係る過少申告加算税賦課決定は、法七〇条五項一号により平成三年三月一五日まですることができることとなるところ、五八年分賦課決定は平成元年三月一〇日にされた。
(三) よって、五八年分賦課決定は適法である。
四 抗弁に対する原告の認否及び主張
1(一) 抗弁1(本件決定の適法性)(一)のうち、冒頭部分及び(7)は争い、(1)ないし(6)は認める。
(二) 同(二)は認める。
(三) 同(三)は争う。
(四)(1) 同(四)(1)は認める。
(2) 同(2)のうち、本件贈与税が法七〇条五項の偽りその他不正の行為により税額を免れた場合に当たるとの主張は争う。
(3) 同(3)の主張は争う。
(五) 同(五)は争う。
2(一) 同2(本件更正の適法性)(一)は認める。
(二) 同(二)のうち、法七〇条五項にいう「偽りその他不正の行為」の意義についての主張は認め、本件所得税が同項の偽りその他不正の行為により税額を免れた場合に当たるとの主張は争う。
(三) 同(三)は争う。
3 同3(五六年分賦課決定の適法性)及び4(五八年分賦課決定の適法性)の各(二)及び(三)は争う。
4 原告の主張
(一) 抗弁1(本件決定の適法性)(一)について
原告は、別紙第三物件目録記載の土地共有持分権及び建物がシゲ子の相続財産に属せず、自己の所有に属するものと信じて本件申述をしたものであるから、本件申述は、要素の錯誤により無効である。
そうであるとすれば、原告は、被相続人シゲ子に係る相続について単純承認をしたものとみなされるから(民法九二一条二号)、本物物件は、原告が本件協議によって取得したこととなる。
したがって、原告がこれを贈与によって取得したとする抗弁1(一)の主張は理由がない。
(二) 抗弁1(本件決定の適法性)(四)、同2(本件更正の適法性)(二)、同3(五六年分賦課決定の適法性)及び4(五八年分賦課決定の適法性)の各(二)について
原告は、本件申述により被相続人シゲ子に係る相続を放棄した結果、本件物件は紘子ら四名に帰属するものと考えていたが、本件公道の払下げを受けるためこれを自己の所有とする必要が生じ、しかも紘子ら四名の快諾が得られたため、本件協議を行い、本件土地及び本件建物につき相続を原因とする各所有権移転登記をした。原告は、右登記手続が何の支障もなくできたこともあって、相続によりシゲ子から直接本件物件を取得したものと考えるようになった。
その後、原告は、本件譲渡による譲渡取得に対する課税について、始末書を作成し、麻布税務署長に提出したが、その際原告は、本件物件に係る譲渡所得は実質的には自己に帰属すると理解していたものの、公的機関に提出する文書としては本件申述により相続放棄をしたという形式を重視した記載をしなければならないと考えて、右始末書に被告の主張するような事柄を記載したものであり、原告としては自分なりに正確に申告、納税をしようと心掛けていた。
また、原告が昭和五八年分所得税の確定申告において、申告書に本件物件に係る譲渡所得の記載をしなかったのは、右始末書の提出により本件譲渡に関する税務上の処理を済ませたものと考えていたからに過ぎない。
このように、原告には、本件贈与税及び本件所得税のいずれについても、逋脱の意思は全くなく、被告の主張する行為は、法七〇条五項の偽りその他不正の行為に当たらない。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件決定の適否について
1 抗弁1(本件決定の適法性)(一)(1)ないし(6)の各事実は当事者間に争いがない。
まず、原告の認識がどうであったかを別として、右争いのない事実等を前提として、本件物件について、客観的にはどのような経緯で所有権が移転したものと認めるべきかについて検討する。
原告は、シゲ子の遺産について相続放棄の申述(本件申述)を家庭裁判所において行った。原告は、これが形式的なものであるとか、錯誤があって無効であるとかいうが、原告本人尋問の結果によれば、原告は、相続放棄が法律上持つ効果は十分承知したうえで、自ら進んでその手続をとったことが認められるから、それが形式的なもので本来の効力を生じないとする余地はない。また、錯誤の点についても、成立に争いのない乙第一号証の三及び右尋問結果によれば、原告は、当時連帯保証債務の履行請求を受けていて、シゲ子の遺産を相続すると、これが債権者から追及されるおそれがあったので、その保全のため相続放棄をしたが、結果として、債権者から追及を受けなかったというのであって、相続放棄をするについて動機の錯誤もないといわなければならない。そうすると、右相続放棄はその効力を生じ、シゲ子の遺産である本件物件は、紘子ら四名が相続したこととなる。
次に、原告及び紘子ら四名は、本件協議をして遺産分割協議書を作成したが、これによると、原告は、シゲ子の遺産の総てを相続したものとされた。原告本人尋問の結果によれば、現にその後原告は、本件物件を誰に図ることもなく他に売り渡し、その売買代金も自分一人のものとしていることが認められるから、本件協議の内容は、そのとおり実現されたものと認められる。そして、相続放棄によって何らシゲ子からの相続分のない原告が、紘子ら四名との本件協議によって、シゲ子の相続財産を無償で総て自分のものとしたということは、結局紘子ら四名からこれを贈与されたものとみざるを得ない。以上が、客観的に認められる本件物件の所有権帰属の経緯である。
そうであるとすれば、原告は、贈与を受けた昭和五六年において、贈与税の納税義務が生じていたこととなるが、原告がその申告をせず、その納税もしなかったことは、その自認するところである。
2 抗弁1(本件決定の適法性)(二)の事実は当事者間に争いがなく、右事実及び右1の認定事実によれば、本件贈与税の税額は七四六万六六〇〇円と算出され、右金額は本件決定に係る贈与税の額と同額である。
3 原告が現に相続税の納税を免れていることは、右1のとおりである。しかし、本件決定当時その法定申告期限から五年を経過しているから、法七〇条三項によれば、右決定はこれをすることができないこととなる。しかし、被告は、本件贈与税は法七〇条五項の偽りその他不正の行為により税額を免れた場合に当たるから、その法定申告期限から七年を経過する日までにされた本件決定は適法であると主張し、原告はこれを争う。
そこで検討するに、前掲乙第一号証の三、成立に争いのない乙第一号証の一、二、乙第二号証、乙第三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、本件譲渡をした昭和五八年において譲渡所得を生じたが、同年分所得税の確定申告においては、麻布税務署長に対し、本件譲渡について所得の記載のない申告書を提出した。
(2) 同署長は、そこで本件譲渡に関する譲渡所得について照会したが、原告はこれに対し、本件土地及び本件建物の所有者は紘子ら四名であると回答し、かつ、別に、次のように記載した始末書を提出した。すなわち、本件物件について原告は、相続放棄をしていて権利がないが、本件土地及び原告所有の土地に囲まれた場所に本件公道が所在し、これの払下げを受ける必要が生じた、それには周囲の土地が総て原告名義でなければならなかったので、名義を形式的に原告名義とした、後日清算して紘子ら四名に配分するつもりであると記載した書面を提出したのである。右始末書には、また、譲渡所得計算書と題する書面が添付されており、それには、原告所有物件を譲渡した分については、譲渡所得税が発生しない旨、紘子ら四名分については、所要の計算の結果四名合計で一九〇万円余の譲渡所得税となる旨が記載されていた。
(3) 原告は、昭和五九年九月一二日同税務署長所部職員に対し、本件の事情は右(2)の始末書に記載したとおりである旨重ねて説明し、渋谷税務署長に対しても昭和六二年五月一九日付けで、紘子ら四名の右譲渡所得の申告手続については、先に麻布税務署長宛に提出した始末書に記載したとおりで、事件処理後、清算して紘子ら四名四人に配分する心算である旨を記載した上申書を提出した。
以上の事実が認められる。また、原告は、本件譲渡による収入を総て自分のものとしており、その本人尋問の結果からも、本件物件は、本件協議によって総て自分のものになったと認識していたと認められる。
以上の認定事実からすると、少なくとも、右の原告の税務署長に対する説明には、本件物件が紘子ら四名のものであり、譲渡所得も同人らに生じたとした点で明らかな虚偽があるといわなければならない。そして、仮にこの点を偽らず、本件物件が譲渡の当時原告のものであったと税務署長に説明することとなったとすれば、原告は、本件物件について相続放棄をしていて何ら権利を有しなかったのに、紘子ら四名との本件協議でこれが総て原告のものとなったということになるから、その経緯を説明しなければならなくなる筋合いである。そうすると、何ら対価の支払のない以上、贈与があったという以外に合理的な説明はできない筈である。原告は、法律に疎く、自らは正直に申告したと主張するが、相続放棄をすれば相続財産について一切権利を失うし、義務も負わなくなること、形式がどうであれ、何ら権利がない者が、権利者である紘子ら四名との話し合いにより、自分一人だけが無償で権利者となることとなれば、結局紘子ら四名から権利を贈与されたのと同一の結果となることは、特別の法律知識がなくとも認識できる市井の常識といえる事項であって、このような主張を受け入れる余地はない。
そうすると、原告は、そのような贈与という取得原因などについての説明を免れるために、右のような上申書を提出したり、説明をしたりしたと認めざるを得ない。以上によれば結局のところ、原告は、本件贈与税を免れる意図のもとに、右の各行為に出て、本件物件は紘子ら四名に帰属しており、ただ本件公道の払下げを受けるための便宜上本件土地及び本件建物の登記名義のみを自己に移転したものであるかのように仮装し、よって本件贈与税の賦課徴収を著しく困難にしたものと認めざるを得ないのである。
原告本人尋問の結果中には、右始末書を作成したときには本件物件の譲渡代金は真実紘子ら四名に配分するつもりであり、結果としてそのような配分をしなかったに過ぎないという趣旨の、右認定に反する供述部分があるが、右に認定したところに照らし、また、当初の予定を変更して譲渡代金の配分、清算をしないこととした理由について触れるところがないこと等の不合理さを併せ考えると、右供述部分は措信し難い。
そうすると、本件贈与税は、法七〇条五項の偽りその他不正の行為によって税額を免れた場合に当たり、本件贈与税の決定は、同項一号によりその法定申告期限である昭和五七年三月一五日(相続税法二八条一項)から七年を経過する日まですることができることとなるところ、前記一の争いのない事実のとおり本件決定は平成元年三月一〇日にされた。
5 したがって、本件決定は適法である。
三 本件更正の適否について
1 抗弁2(本件更正の適法性)(一)の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件所得税の税額は一七八六万二一〇〇円と算出され、右金額は本件更正に係る所得税の額と同額である。
2 本件更正当時その法定申告期限から三年を経過しているから、法七〇条一項一号によれば、右更正はこれをすることができないこととなる。しかし、被告は、本件所得税は法七〇条五項の偽りその他不正の行為により税額を免れた場合に当たるから、その法定申告期限から七年を経過する日までにされた本件更正は適法であると主張し、原告はこれを争う。
そこで検討するに、前記二4に認定した原告の各行為は、そこに認定判示したとおり、本来原告に譲渡所得が発生しているのに、課税当局に対し、これによって発生する所得税の納税を免れるため、本件物件は紘子ら四名に帰属しており、ただ本件公道の払下げを受けるための便宜上本件土地及び本件建物の登記名義のみを自己に移転したものであるかのように仮装したものであるから、本件所得税の賦課徴収をも著しく困難にしたものであるとともに、これによって原告の本件所得税を免れようとする意図も認められる。
原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前記二4に判示したとおり措信し難い。
そうすると、本件所得税は、法七〇条五項の偽りその他不正の行為によって税額を免れた場合に当たり、本件所得税の更正は、同項一号によりその法的申告期限である昭和五九年三月一五日(所得税法一二〇条一項)から七年を経過する日まですることができることとなるところ、前記一の争いのない事実のとおり本件決定は平成元年三月一〇日にされた。
3 したがって、本件更正は適法である。
四 五六年分賦課決定の適否について
1 本件贈与税に係る無申告加算税の額は、旧法六六条一項一号により、本件決定に基づいて原告が納付すべき贈与税の額七六四万円(法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した額七六万四〇〇〇円となる。右金額は五六年分賦課決定に係る無申告加算税の額と同額である。
2 前記二4に判示したとおり、本件贈与税の決定は昭和五七年三月一五日から七年を経過する日まですることができるから、法七〇条五項柱書により、これに係る無申告加算税賦課決定も右の日まですることができることとなるところ、前記一の争いのない事実のとおり五六年分賦課決定は平成元年三月一〇日にされた。
3 したがって、五六年分賦課決定は適法である。
五 五八年分賦課決定の適否について
1 本件所得税に係る過少申告加算税の額は、旧々法六五条一項により、本件更正に基づいて原告が納付すべき税額一七八六万円(法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)に一〇〇分の五を乗じた金額から、被告が昭和六二年二月二八日付けでした本件所得税の更正に基づいて原告が納付すべき税額五二九万円(法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)に一〇〇分の五を乗じた金額を減じて算出した額六二万八五〇〇円となる。右金額は五八年分賦課決定に係る過少申告加算税の額と同額である。
2 前記三2に判示したとおり、本件所得税の更正は昭和五九年三月一五日から七年を経過する日まですることができるから、法七〇条五項柱書により、これに係る過少申告加算税賦課決定も右の日まですることができることとなるところ、前記一の争いのない事実のとおり五八年分賦課決定は平成元年三月一〇日にされた。
3 したがって、五六年分賦課決定は適法である。
六 結語
以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 長屋文裕 裁判官石原直樹は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 中込秀樹)
別表一
<省略>
別表二
<省略>
(別紙)
第一物件目録
一 東京都品川区小山台一丁目六一番三、六一番一八及び六二番三
宅地 二二八・八八平方メートル
のうち一六一・〇四平方メートルの借地権
二 同所六一番三及び六二番三
宅地 二〇二・八七平方メートル
三1 同所六〇番地一
家屋番号 八九番
木造瓦葺平家建居宅
床面積 六一・一五平方メートル
2 同所六一番地三
家屋番号 六一番三
木造瓦葺平家建居宅
床面積 二〇・六六平方メートル
「本件土地建物等の価額の算定内容」
1 本件借地権及び土地
(1) 借家建付地の価額
〔路線価〕 〔借地権割合〕 〔借家権割合〕 〔面積〕
114,000円×(1-0.6×0.3)×147.29m2=13,768,669円…………<1>
(2) 貸宅地の価額
〔路線価〕 〔借地権割合〕 〔面積〕
114,000円×(1-0.6)×55.58m2=2,534,448円…………<2>
(3) 本件借地権及び土地の価額(<1>+<2>)
<1> <2>
13,768,669円+2,534,448円=16,307,117円…………<3>
2 本件建物の価額
〔固定資産税評価額〕 〔借地権割合〕
404,200円×(1-0.3)=282,940円…………<4>
3 本件土地建物等の価額
<3> <4>
16,307,117円+282,940円=16,586,057円
第二物件目録
<省略>
(別紙)
第三物件目録
一 東京都港区南青山七丁目九番
宅地 二五四三・三九平方メートル
のうち持分一〇万分の一六八〇
二 (一棟の建物の表示)
東京都港区南青山七丁目九番地
鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付八階建
床面積 一階 三〇三・一九平方メートル
二階 九〇九・一四平方メートル
三階 一〇九三・二六平方メートル
四階 一〇九三・二六平方メートル
五階 一〇九三・二六平方メートル
六階 一〇九三・二六平方メートル
七階 一〇八六・一九平方メートル
八階 四六四・四六平方メートル
地下一階 二一九・四三平方メートル
(専有部分の表示)
家屋番号 九番の五五
建物の番号 四〇三
鉄筋コンクリート造一階建居宅
床面積 四階部分 九三・六七平方メートル
附属建物
符号1
鉄筋コンクリート造一階建物置
床面積 四階部分 一・四〇平方メートル